奇々怪々職人製作インタビュー その2
2026.09.21共有
―身近なものの中に潜む、不思議な気配―
今回の「奇々怪々展」に向けて、作品を手がけたあさえさんにお話しを聞きました。
育陶園のやちむんの新しいデザインをてがけ、絵付け、平面を立体におこしたり、さまざまな工程で活躍されているあさえさんです。
あさえさんの作品に登場するのは、昔から知られている妖怪だけではありません。
沖縄の家で見かけるヒンプンや、ガジュマルに住むとされるキジムナー、実在する生き物から想像を広げた不思議な存在など、身近なものに「もし意思があったら」「もし夜になると動き出したら」という想像を重ねながら、独自の世界をつくっています。
一見すると少し怖い。
けれど、話を聞いてみるとどこか愛嬌があり、その姿の奥にはそれぞれの物語が隠れています。

身近なものが妖怪になる面白さ
インタビューの中では、
「沖縄では、ヒンプンのようなものそのものが妖怪になるという感覚は、あまり聞かないかもしれない」
という話も出ました。
キジムナーなど、最初から妖怪として語られている存在はたくさんあります。
しかし、
「ヒンプンがもし生きていたら?」
「夜になると動き出していたら?」
と考えてみると、まったく新しい物語が始まります。
身近にあり、普段は風景の一部として見過ごしてしまうもの。
そこに少しだけ想像を加えることで、急に不思議な存在へと変わっていきます。
「ワルイコキジムナー」
あさえさんが以前から制作している作品の一つが「ワルイコキジムナー」です。
もともとのキジムナーは、ガジュマルの木に住み、子どものように遊んだり、人間の仕事を手伝ったりする存在としてイメージされています。
漁を手伝い、ご褒美のように魚の目玉を食べる。
そんなどこか人懐っこい姿もあります。
しかし「ワルイコキジムナー」は、そこからさらに一段階、やんちゃになった存在です。

禁じられた「深夜の魚の目玉」
ワルイコキジムナーの設定では、もともとは普通のキジムナーでした。
ところがある日、禁じられていた「深夜の魚の目玉」を食べてしまいます。
それをきっかけに、もともと持っていたいたずら好きな性格がさらに強くなり、手に負えないほどのワルイコへと変わってしまいました。
いたずらの規模も、度胸も人間顔負け。
昼間に人の仕事を手伝っていたキジムナーが、夜になるとまったく違う顔を見せているのかもしれません。
顔を隠すような造形や、少し不穏な雰囲気も、そんな「何を企んでいるのか分からない」存在感につながっています。

「蠱毒壺(こどくつぼ)」
もう一つ、あさえさんが制作した印象的な作品が「蠱毒壺」です。
着想のもとになったのは、毒を持った虫や小さな生き物を一つの壺に入れ、最後まで生き残ったものに毒が集まるとされる、古い「蠱毒」の話です。
その物語を知ったあさえさんは、
「沖縄にいる生き物たちでつくったら、どんなものになるだろう」
と想像しました。
そこで、毒を持つものを中心に、沖縄を思わせるさまざまな生き物を一つの壺の中へ詰め込むように造形しています。
たくさんの生き物が絡み合い、どこからどこまでが一匹なのか分からなくなるような姿。
見るほどに新しい生き物が見つかる、奇々怪々らしい作品です。


「石竜子」― 妖怪ではない、不思議な生き物
「石竜子(トカゲ)」は、昔から伝わる妖怪をそのまま形にした作品ではありません。
木の上に棲む、小さな龍のようなトカゲ。
縄張り意識が強く、気性も荒いため、近づきすぎると噛みついてくる。
そんな架空の生き物として設定されています。
大きな牙はありませんが、噛まれると火傷のようにヒリヒリと痛むような性質を持っているという設定もあります。
幼い頃は地味な茶色をしていて、身体を温めるため石に抱きついている。
その姿から「石竜子」という名前につながっています。

実在する生き物から広がる想像
石竜子の色や模様を考える際には、実際に東南アジアなどに生息する大型のヤモリの姿も参考になりました。
鮮やかで、少し毒々しくも見える模様。
一目見ただけで、
「不用意に触ったら危ないかもしれない」
と思わせる色合いです。
実在する生き物の特徴を借りながら、そこから少しずつ想像を広げていく。
そのため、完全な妖怪でも、完全な現実の生き物でもありません。
もしかすると世界のどこかに本当にいるのではないかと思わせる、その曖昧な境界にいる存在です。

「生きているヒンプン」
今回の新作の一つが、「ヒンプン」をモチーフにした作品です。
あさえさんが考えたのは、古い屋敷に昔から立っているヒンプン。
やがてその家から人がいなくなり、屋敷そのものが朽ちていっても、ヒンプンだけはそこに残り、今も変わらず家を守り続けています。
長い年月の中で、少しずつ姿を変えながらも、自分の役割を忘れていない存在です。
昼間に見れば、そこに立っている一枚の壁。
けれど夜になると、もしかすると形を変え、誰もいなくなった屋敷の中を静かに見回っているのかもしれません。
魔物を受け止め続けた姿
ヒンプンには、外からやってくる悪いものを受け止めたり、跳ね返したりするようなイメージがあります。
あさえさんの作品では、長いあいだ屋敷を守り続け、さまざまなものを受け止めてきたことで、まるでヒンプンそのものが生き物になっていったような姿を表現しています。
「たくさんの魔物の気を吸って、こんな姿になったのかもしれない」
そんな想像も作品の背景にあります。
人間には見えていないものも、ヒンプンにはすべて見えている。
そして今でも、誰も住んでいない屋敷の前に立ち、外からやってくるものを見張り続けている。
そんな不思議な存在です。
壁なのに、どこか生き物のよう
作品を近くで見ると、一般的な「壁」のイメージとは大きく違います。
大きくうねる曲線があり、背面には背骨のようにも見える造形があります。
見る角度によっては、骨のようにも、根のようにも、柔らかな生き物の身体のようにも見えます。
あさえさん自身も、できるだけ「生き物らしさ」を感じられる形を意識して制作しました。
ヒンプンという建築物が妖怪になったというよりも、
「もともとそこに意思があって、長い年月の中で少しずつ生き物の姿を現し始めた」
そんなふうにも想像できます。

黒と赤がつくる、長い年月の色
ヒンプンの表面には、黒をベースに赤を重ねたような、深みのある色が広がっています。
長い年月の中で少しずつ色が変化していったようにも、外からやってくるさまざまな気配を吸収し続けた結果の色のようにも見えます。
赤の表現は、あさえさん自身が以前から試してみたかったものの一つ。
表面の濃淡も均一にするのではなく、全体のバランスを見ながら変化をつけています。
曲線的な造形と重なり、まるで今もゆっくり呼吸をしているような、不思議な存在感を持った作品になりました。
あさえさんの「奇々怪々」
あさえさんの作品を見ていると、「妖怪」という言葉の範囲が少し広がっていきます。
昔から名前のある妖怪だけが、妖怪なのではない。
誰もいなくなった家を守り続けるヒンプン。
深夜の魚の目玉を食べて、悪い子になったキジムナー。
壺の中でいくつもの毒が混ざり合う蠱毒。
木の上に棲む、龍のような小さなトカゲ。
身近なものや実在する生き物に、
「もし生きていたら」
「もし意思を持っていたら」
「人間が知らないところで、こんな暮らしをしていたら」
と想像を加えることで、新しい不思議な存在が生まれていきます。
作品を見る時には、形だけでなく、
「この子は普段、どこにいるんだろう」
「人間が眠ったあと、何をしているんだろう」
と、その先の物語まで想像してみてください。
いつも見ている沖縄の風景の中にも、まだ名前のない「奇々怪々」が潜んでいるのかもしれません。

【名嘉 亜沙恵(なか あさえ)】
絵付や線彫を中心としたやちむんの制作を行う。器づくりに携わる一方で、シリーズ作品のデザインも手がけ、
伝統的な技法を土台にしながら、独自の表現を追求している。繊細な線による絵付や彫りを得意とし平面にとどまらず、オブジェや立体作品など、造形性の高い表現にも取り組む。
やちむんの持つ素朴さや力強さを大切にしながら、かたちや線、余白を通して、
静かな存在感を感じさせる作品を生み出している。

育陶園が展開する店舗「Etha」で、開催した企画展「奇々怪々展」で発表した作品の製作者インタビューです。「奇々怪々展」では、沖縄に伝わる妖怪や不思議な存在、そして職人たちの自由な発想から生まれた、少し不気味で、どこか愛嬌のある作品をご紹介しました。
作品はオンラインショップにてお求めいただけます。一点ものの場合は、SOLDOUTとなっている作品もございます。ご了承ください。
9/24発売スタートです。